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2016.12.09

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誰かとわいわいしながら、おいしいものを食べるのは、栄養学的な意味ではなく、とても健康的な行為だと思う。
ひとりでごはんを食べるのが大好きな私でさえ、しあわせに感じる時間だからだ。
なかなかストイックになりきれない自分にイライラして、自分の体をいじめたくなるけれど、どうにか自分自身にやさしくしながら、メリハリをつけることはできないものか。
考えてみれば、このつらい時期もあと2週間だ。
この数字は決して長い時間ではない。
ところが、かといって短い時間ではないことも知っている。
「あともっちょいだけ」と言い聞かせながら、効率よく動かない体に喝をいれる。


やがて哀しき外国語 (講談社文庫)

やがて哀しき外国語 (講談社文庫)

僕の経験から言うなら、外国人に外国語で自分の気持ちを伝えるコツというのはこういうことである。
(1)自分が何を言いたいのかということをまず自分がはっきり把握すること。そしてそのポイントを、なるべく早い機会にまず短い言葉で明確にすること。
(2)自分がきちんと理解しているシンプルな言葉で語ること。難しい言葉、カッコいい言葉、思わせぶりな言葉は不必要である。
(3)大事な部分はできるだけパラフレーズする(言い換える)こと。ゆっくりと喋ること。できれば簡単な比喩を入れる。
以上の三点に留意すれば、それほど言葉が流暢じゃなくても、あなたの気持ちは相手に比較的きちんと伝えられるのではないかと思う。しかしこれはそのまま<文章の書き方>にもなっている。

村上春樹の言うように、これらは外国語を話すときにも、また書くときにも、スムーズに伝えることのできる技術だ。
私はもともと、あまり難しい言葉を意図して使わない。
それは、言語の種類に限らず。
なぜなら、シンプルな言葉を使った方が、素直に自分の気持ちを表すことができるからだ。

まぁ、教室で、研究室で発言するときは、常に頭をフル回転して、必要最低限の言葉で伝わるように短くしゃべるようにしてるんだけど、だらだらとしゃべることが許されたときは、信じられないくらいどうでもいいことをひたすらしゃべっている自分もいる。
基本的にしゃべることはすきなんだけど、もともと考えすぎるタイプなので、自分の感情を上手く言葉で表現できないなと思ったときは、あきらめて、あるいは表現を探しながら、聞き役に徹することも多い。
それが許される場では、言葉のスムーズさとか考えずにだらだらとしゃべりたいけれど、なるべくシンプルに最低限な言葉数でしゃべれるようになることが理想である。