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グラスリップ

Culture

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『グラスリップ』

実家がガラス工房の女子高生・深水透子は、カフェ『カゼミチ』で友人達と楽しく過ごしていた。
高校3年の夏休み、透子達の学校に、未来の声が聞けると語る少年・沖倉駆が転校してくる。
もし、未来を知ることが出来たら、自分は何を望むのか?
感じたことのない動揺を覚えながらも、透子は胸の中に、ある感情が生まれる。
(Wikipediaより)


P.A.WORKSの作品を全部見たわけではないが、その中でも『凪のあすから』がすごいすきだ。
グラスリップは、凪のあすからの後衛番組だったけれど、まず見ていてデジャヴに感じた箇所があった。

・日常(主人公たちのなかよしグループ)に、他者が加わることで物語が動くこと
・夏の風景からの冬の風景への急な転調

とはいえ、作品の軸のテーマも舞台も違うわけだし、個人的に感じた共通点にすぎない。


ここからは、グラスリップ単体について取り上げたいと思う。


まず、わたしが感じたのは「日常は突然、あっけなくおわる」ことである。
透子たちのなかよし5人グループは、駆が訪れたことで、グループがバラバラになる。
そして、最終回になっても、もとの5人グループだけで集まることはない。

こういう「突然の日常の崩壊」を、わたしたちは何度も体験していると思う。
いつまでもなかよしだと思っていたグループが、クラス替え、あるいは卒業でバラバラになったり、また、なにかはっきりしたきっかけがあったわけではなく、なんとなく離れてしまったり。
それを寂しいと思っても、それに抗うことができないのはなんでだろう。
こういうのは口で「ちゃんと集まろう!」とか言っても、解決できるものではないと思う。
なにかの形がおわること、なにかにお別れすることは、どうしようもないことなのだろうか。



グラスリップを実際に視聴したとき、第一印象とかなり違って驚いた。
視聴する前は、もう少し爽やかで恋愛と少しの不思議要素が絡んだ話かと思っていたんだけど、実際はもっとおどろおどろしい…なんというか、心が暗くなるような話だった。
感じる印象は人それぞれかもしれないけど、主人公たちの恋愛がとにかく暗いと思った。

というのも、他の2組はお互い向き合いながら、きちんと成長していくのに対し、主人公たち2人はだんだんと見ている方向が噛み合わないことが分かる。
そのズレがひどく痛々しかった。

2組はそれぞれ、お互い同じものを見ている。
やなぎと雪哉は、同じランニングコースを走る。
幸と祐は、同じ本を読む。
「同じものを見て分かち合う(共有する)」ということは、人間の関係の中で重要なコミュニケーションなのかもしれない。



ストーリー後半はかなり難解な展開が続いて、視聴者たちを混乱させたけど

12話の真冬の花火
→駆の「唐突な当たり前の孤独」を体験したいと思った透子の心象反映

結局「未来の欠片」って?
→見えてるものは未来ではなくて、見たいものを見たり、心の内面を映すもの

ではないか、と考察してみる。
「未来」とミスリードさせたのはよかったけど、結局なんだったのかってはっきりした言及がなかったから、想像するしかないけれど。
思春期特有のもの、と考えて良さそう。
魔女の宅急便』のキキの魔法のような。



1クールでさくっと見れると思わせて、視聴後スッキリとさせずにモヤモヤを残したアニメだった。
「分かりにくい」「難解」と評価されることも、しょうがないと思う。

とはいえ、やなぎがとても良かった。
彼女はいつも前向きで、友情にも恋愛にも自分自身にもまっすぐな姿は魅力的だった。